TechとPoemeの間

Qiita に書かないエンジニア業の話

"管理"という言葉の曖昧さ,またはなぜ自分が仕事で "管理" という言葉を嫌うか

仕事をしていると,よく "管理" という言葉に遭遇する.でも,日本語の "管理" という言葉に色んな意味があったり,文脈で "管理" という言葉が指す望ましい行動が違ったりして,辛いなぁと思うことが少なくない.だから自分は,仕事でなるべく "管理" という言葉を使わない.使うとしても,なるべくなら明確にしたいなと思うポイントがいくつかある.
いまの自分が思っている "管理" という言葉が刺しうる意味の文脈ごとの違いを整理して見たいと思う.

Administration / Control / Management

他にもいろんな英語があるけど,個人的に好きな分類だと, "管理" の英訳は "Administration", "Control", "Management" に分かれる.*1 *2自分なりの定義や意味合いを考えてみたい.

Administration

予め決められたプロセスやワークフローが正しく運用されていることを担保するような "管理" を指す.例えば "System Administration" と言えば,システムを運用する上で決められたフローやルールを遵守する活動を指すと思っている.
例えば規定に則ったソフトウェアのみが職務用端末にインストールされているというルールが遵守されていることを担保するために,ソフトウェアのインストールは "管理者" すなわち "Administrator" のみが実行することが出来る,という制約を設けるという例が浮かぶ.
かつて働いていた職場では,チームやグループに1人,「アドミさん」と呼ばれる,会社の決められた稟議やワークフローを進めてくれる人がいた.*3 よくある職務名称だと「総務」というやつなんだけど,細かいことなら会社の経費で文房具を発注するとか,大きなことなら人事異動にともなって新しく部署に参加する従業員のシステムアカウントや座席を用意することなど,予め会社を運営する上での取り決めを実行することが責務になる.

Control

"Control" は "制御" であって,直接,またはほぼ予測可能な因果関係を通じて間接的に,何らかのアウトプットを思うように動かすことを指す.*4
例えば「支出をコントロールする」といえば,具体的には現在支払っている何らかの支出を支払わなくすれば,それは「支出をコントロールした」と言える.また,プロボクサーは試合のスケジュールに合わせて「体重をコントロールする」が,体重は直接制御することは出来ないものの,摂取するカロリーを減らせばほぼ確実に体重を減らすことは出来るので,摂取するカロリーと体重の因果関係を利用し,カロリー摂取量をコントロールすることで体重をコントロールしたと言うことが出来る.

Management

Manage という言葉の語源は,暴れ馬を乗りこなすという意味であり,経営とか組織運営とかプロダクト開発の文脈に落とし込めば「直接制御できないアウトプットが好ましいものになるように働きかけること」だと思う.馬術のアスリートが,自分の意図するように馬を操ることは,"Control" ではなく "Management" であることは自明だ.馬も自分の意志を持ち,騎乗している人間の思うとおりには動かないからだ.
例えば何らかの事業の責任者は本質的にはマネージャーだろう.世の中の企業が営んでいる事業の殆どは「あちらを立てればこちらが立たず」の関係に囲まれているのみならず,それらが複雑に絡み合っているから,「あちらを立てれば,全く関係ないと思っていた遠くの何かが倒れる」ような状況にある.このような直接制御したり完全に予想できない因果関係の上で,利益を上げたり売上を上げたり知名度を上げることがマネージメントの本質である.

何を / どのように / どうする

"Administration", "Control", "Management" のいずれも動詞を名詞化したものである.動詞は単体で使うものではなくて,これらの3つ (の派生元) の動詞は必ず「誰が」「何を」「どのように」「どうする」という主語,目的語,副詞,目的語と併用されることになる.
これらの中で「誰が」というのは自明で,Aministration なら administrator だし,Control だと Controller だし,Management だと Manager だ.
「何を」「どのように」「どうする」のかは文脈によるけど,その難しさはこの3つの動詞で異なってくると思う.

Administration に考える余地はあまりない

Administration は予め決められた決まりを正しく運用することが目的だ.だから「どうする」は「決まりを守る」ということになるし,そのためには「決まりのとおりに動いて,決まりに反する行動をしない」という他に得策はなくない.たまにとても気を利かせてくれる総務の人はいて,彼らは効率が良かったり利用者の立場に立って考えたり,決まりにない部分を踏まえてショートカットをすることに長けているということはあるのだけど,それでも原則としては「決められたことを決められたとおりにやる」ということ以上のことはしていない.*5
「この草野球場の管理人は融通が利かなくて,プレーが続いてたとしても時間を過ぎると夜間照明を切っちゃう」とか,「大学の卒業論文の提出が1分遅れて受理されず留年されることになった」とかいう愚痴を耳にしたことがある人は多いと思うけど,彼らの職務は規則を守ることである以上はナンセンスだ.そしてその規則がなぜ存在するのかは,大体の場合その Administrator の与り知らないところにある.

Control の「どうやって」「どうする」は割と明確

Control の「どうやって」は,「どうする」さえ決まっていれば明確だ.体重を増やしたければ摂取するカロリーを増やせばいいし,体重を減らしたければ摂取するカロリーを減らせば良い.「どうする」という問題も,文脈によって結構簡単に決まりやすい.部屋に入門したばかりの力士はひたすら体重を増やせばよいし,ズボンのベルトの上に腹の肉が乗っかっているのが醜くて改善したいと思っている人は体重を減らせば良い.

Management の「どうやって」「どうする」を決めるのは難しい.

Management が必要な分野では,因果関係が複雑であって予測が難しいから,目標を達成するための「どうやって」の選択が難しい.確実に効果があると思った施策が効果を発揮しなかったり,想定していなかった反作用が想定した作用を上回ってしまってマイナスになることもある.営業チーム全体の成績を競争を通じて引き上げることを意図して成果報酬制を設けたら,競争が激化してしまいノウハウを共有するインセンティブが発生せず,チーム全体の営業成績は向上しなかったり,競争を通じてチームメンバーのメンタルが疲弊して営業成績がむしろ下がってしまう可能性すらある.
そして,場合によっては「どうする」自体を明らかにすることが難しいこともある.ソフトウェアやサービスを展開する企業の「プロダクトマネージャー」は,その名前からプロダクトをあるべき方向に導くことが責務であり,そのための方法を見極めて実行する仕事だと思われる.しかし,「どのように」を決めるためにはそもそも「どうする」が明確でなければ行けないのだが,事業の成長フェーズを見極めて,利益を多少度外視して売上を伸ばすのか,売上は伸ばさずに利益率を高めて利益を上げるフェーズなのか?が明確でなければ「どのように」は議論すら出来ない.それなのに「どうする」を明らかにしないまま「どのように」ばかりにフォーカスしてしまう人はそんなに珍しくは無いんじゃないかと思う.

なんでこんなことを思ったのか

なんで自分が突然こんなことを思ったのかというと2つ理由がある.

まずひとつは,一言に「管理」と言って求められているのが Administration なのか Control なのか Management なのかは結構違うのに,その違いを明らかにしないまま,Management をしなければいけない状況で Control するようなアプローチを取るなどの間違いを犯してしまうケースをいろんなところで見るからだ.理論と現実の紐付けやギャップを埋める努力が足りなかったり,組織が「考える人」と「手を動かす人」という分業の考え方から脱却できないまま複雑で変化の激しい仕事に取り組もうとしているときにこの状況は容易に発生するんじゃないかなぁと思っている.Management 3.0 では,こういう状況を "Management 2.0" と呼んでいて,その有様を「Doing the right thing wrong」と称している.ここでいう right thing とは "Manage されるべきものを Manage する" ことで,wrong とは "Control や Administration するアプローチ" だと思ってもらって良いと思う.Management 3.0 は,"Doing the right thing in right way" をすることを目指している.

もうひとつは,「アジャイル」や「スクラム」に,何らかの "管理" が求められるようなケースによく出くわすからだ.特にスクラムマスターの仕事を「マネージャー」だと思ったり「チームのタスクを管理する人」だと思ってしまうような誤解には残念ながら頻繁に出会う.「チームを支援する」だの「自己組織化を促す」だの言われても,そんな能力を持っている人や,それが実現された状況を見たことがなければ無理もないことだ.でも,「アジャイル」だ「スクラム」だという言葉があったから自分のキャリアが開けたり,それを通じて誰かのためになることを仕事にしてきた,そして今後もそうしていきたいと思う身としては,こういった誤解は解いていきたいなぁと思った次第なのである.

*1:もちろん,他にいろんな言葉が思い当たるだろうけど.

*2:https://brevis.exblog.jp/26270824/ に強く影響されているんだろうなぁと思う.この記事の中でも,幾つか例を拝借させてもらっている

*3:多くの場合,派遣契約の女性の方が担当していた

*4:Handle とかも結構近い

*5:たまに,規則を破ってでもうまいことやってくれる人はいるけど